「地域経済と市町村合併」
中央大学教授 佐々木 信夫氏
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はじめに
ここ10日間、三重、豊田、熊本、秋田、山形とほぼ連続で講演に歩いたが、九州、四国、中四国及び近畿、中部地方までが動きが活発で東北、北海道の動きは極めて鈍く西高東低と言える。その中で、この地域は比較的動きが良く特異な地域かもしれない。
日本には3,218の市町村があるが、7月1日現在、研究会のレベルから法定の合併協議会まで、全体で8割ぐらいが合併の動きを強くしてきているという報道があった。4月1日現在の7割から、1割この3カ月で上がってきた。
なぜ、動きが早まってきたかといえば、平成17年の3月までの時限立法、市町村合併特例法の特例措置を使った方が有利だという判断がより強くなってきているのだろう。
日本の地方自治
世界の180数カ国の中で市町村合併に熱心な国は、スウェーデンとイギリスと日本であり、合併を一生懸命やってきた国は少ない。日本は市町村の役割が大変大きい国。都道府県レベルまで入れると、7割強の行政は地方自治体がやっている。イギリス、スエーデンよりも地方自治体の国家に占めるウエイトが大きい。
20世紀地方レベル行政の特徴は、一つは規模を変えながら行政サービスを充実させてきた国といえる。
明治21から22年にかけて、71,000町村体制を半年間で15,000市町村にして今の市町村体制が100前にスタートした。
さらに、戦後の昭和28年から36年には2つの法律で合併を進めた。
合併後の国家運営課題
歴史的に見て、現在いろんな動きが八割レベルであって、これが全部17年3月までにゴールに入るとは思えない。合併の論議は、相当歩調が揃ってくれば別だが、大体5、6年かかる。さいたま市も官が主導した合併であっても5、6年かかっている。
8割の合併の動きがあるのは非常にいいと思う。ある程度歩調を合わせてやらないと、合併して一定程度規模が大きくなる自治体と、合併をしないで小さい規模の自治体と日本列島全体がまだら模様になる。個別の自治体にとっての判断も基本的に大事だが、今以上に格差の大きい自治体が生まれ、国家の運営という立場から見ると悩ましい問題になる。
町村制の今後
今の議論では、合併しない町村があると想定をしている。
ここ1、2年で地方制度調査会が結論を出すだろうが、町村で残るところは、新町村制度という新しい町村制度を用意し、市の制度の例外と方向を変えてくるはず。
今の町村の役割の3分の1ぐらいに限定をして、一定の規模がなければ行政サービスの水準を維持できない部分は、県に委ねるか、隣接した大きい、体力のある自治体に委託をする。住民に対して、いい行政サービスを維持していこうとすると、100人の職員でやっているような役場を維持していっても、現実には行政が回らない時代が始まっている。
統一性から多様性へ
今までは統一性・公平性・国の指導力というのが集権体制の価値と言ってきた。北海道から岩手、九州、沖縄まで、全国を統一的な公平なサービスを提供し、そのシナリオは中央政府が中心になって設計をしてきた。これをナショナルミニマムと言い、今までの中央集権体制、20世紀の体制であった。
ところが、それぞれの地域では、お互いにアイデンティティというものを主張して、3,218通りのまちがあった方がいいという声が強い。
今の行政の目標は、全国一律ではなく、地域の住民の満足度をいかに高めるかということを視点に据え、多様性が必要となった。
官民比率の変化
我々の国民生活でいうと、公共の問題というのは大体4分の1で、4分3が民間。
この官民の比率は、バブル期を境に変わった。バブル前の1985年段階の行政サービス水準に戻すと、日本全体の国家財政、地方財政全体の赤字が消える。1986年当時は、5分の1が公で、5分の4は民だった。その後の17年間の間に行政社会主義の国となり、行政依存を強めてきた。この体質を変えるか、1985年段階に戻さないとならない。1990年レベルをずっと今後も維持しようとしていくと、破綻のシナリオだろう。
合併の見通しと優遇制度
昭和の大合併は、昭和28年から31年の町村合併促進法の後、新都市建設法と名前を変え、昭和31年から36年までの5年間の時限法で3,500自治体、約4分の1になった。二本の法律を合わせ8年かかっている。
今の動き、歴史の法則から、やはり2010年までかかるという印象を持つ。2005年以降の優遇措置の選択肢は三つしかない。やらないところはやらなくて結構というやり方、細々とした特例措置をとるというやり方、まだら模様を避けるため2005年以降はもっと強い強制合併をやろうと動きがもう一方ではある。2005年三月までの一つのゾーンの中で、特例措置を使うというのは、一つの賢明な選択かもしれない。
合併の規模
明治の大合併は、小学校を持てるような800人を最低規模の村とした。昭和の大合併は、中学校を持てる8,000人以上を最少単位とした。
平成の時代にもう一回規模を変えるのは、大体半世紀単位で見ると一つの法則。
半世紀たった今、市町村合併の適正規模はどれぐらいか。この地域で宮城県まで含め、11市町村で大体17万2000という数字を弾いているが、実は偶然、総務省や私が計算した数字も、住民にとって一番コストの安い規模、人口規模というのが17万5000だった。大枠で言うと10万から30万というのが適正規模。
政府は、これから標準市は10万といい、地方交付税の計算も10万でしている。そうなれないところを例外として、新町村制度で役割の小さい町村制度に変える。こういう大きな転換点に実は来ている。
全貌が見えない中で新町村制度を選ぶかどうかというのではなく、早くその制度を示した方がいいと思う。
地方分権体制と税財源問題
これまでは、国の指導力に自治体が協力する形で、一体となって地域の振興を図ってきたが、昨年から地方分権体制に、切り替え、あと2年間の間に税財源の分権化に一つの決着をつけることになる。地方税比率を上げるという話は、大都市有利となり、地方税で一旦、例えば東京都に入った地方税を岩手県に再分配をするというのはなかなか難しいだろう。
自己決定と自己責任
明治以来、日本が一つの国家の形態としてモデルにしてきたのはフランスだが、フランスは20年前に地方分権推進法に近い法律を定めて分権改革をやっている。日本も20年遅れて取り組んだ。多様なサービスのスピードアップを図り、問題解決は、現地で決定をして処理をし、責任を負う。そこで出てくるのは、地域の顧客の満足度。国民全体を一つの物差しでやっても満足度が上がらないから、地域ごとに満足度を高めるようなやり方の方がいいと言っている。そのためには多様性、迅速性が必要。
自治体は初めて「経営」という時代を迎えている。今までは「執行」であった。通達に基づいて、知事、市町村長に国の仕事をさせるというのが、戦後50年、国、県の仕事の八割を占め、それを機関委任事務制度と言った。
今は、違いを出しながら個性的なまちをつくろうと言っており、それに応えようとすれば、分権体制に移行するしかない。
そこで初めて、国の仕事を補助金なり国のお金によって基本的に執行する執行型、事業官庁型の自治体の時代が終わり、自分で設計をし、自分で執行をし、結果責任は自分で負うという時代になった。
都市の成長可能性
都市が育つという可能性を見ると、一定の距離があると都市が育つ。南には仙台、福島、郡山、宇都宮がある。さいたま市は、宇都宮と東京の間にもう一つの拠点を目指し、百万都市の合併をしている。
新幹線で言うと、南の方は三十分の距離に必ず中核となる都市が育ってきている。仙台から盛岡まで空くから、この一関を核とした地域というのは、二十万という人口を抱え得る地域となり得るのではないか。
首長・議員の責任
将来、少なくとも50年の設計をする時期に来ており、議員や首長は一番実力を発揮できる時、将来を睨んで設計をして、スクラムを組むべき時である。
地域の基礎的自治体のエリート(首長、議員)は、大きい権限を持っている。45兆円を6万人の議員が使い方を決め、それに基づいて首長が執行している。自治体が破綻をしていくということは今後あるだろう。その経営責任は一体誰が負うのか。執行の間違いであれば首長だが、それぞれ地域で分かれて決定をして、ある地域はうまくいって、ある地域は破綻をした。決定自体が悪ければ破綻の責任は全議員の責任といえる。
地域の自立
求められる三つの自立は、一つは地域の自立、広域圏。 都市の自立、広域圏の自立というものを考えないと、地域間競争に勝ち得ない。その場合に、何を売り物にするかということが大事。合併はあくまでも二つの手段だと思う。一つは地域の構造改革の手段。いわゆる、公共の部分の政治行政部分での改革。その改革意思がきちっとある合併をしなければならない。良い合併、悪い合併、透明な合併、不透明な合併というのは、やはり我々としては透明で良い合併を目指すべき。
もう一つは、政策手段、地域政策の手段。広域圏として社会に対してどういうものを売っていくかという政策を構想する手段。市町村合併がピンチだからやるというよりも、絶好のチャンスだと考えた方がいいのではないか。
担当副市長制の提案
郡が二つとか、歴史的な背景の違うものが一緒になった方がいいが、なかなか一緒になれない部分もある。地域の融和に時間がかかると思われるので、制度的には助役と言える地域担当副市長制を提案している。
選挙に出なかった人で一定の地域をまとめていく能力の高かった首長を自分のところだけでなく、関係あるところまで含めて、新市の副市長に3名なり4名、任命したらどうだろうか。
市民の自立と共同
求められる自立のもう一つは、市民の自立と共同。前は、公共サービスは官独占でイコール行政サービスであった。だから、公共問題の四分の一は行政の責任と言った。こういう時代をガバメントの時代と言ったが、今は違う。道路の民営化の議論、空港の民間経営、ゴミの収集運搬処理、公園の造成、高齢者福祉など、四分の三だけが民間の領域ではなくて、4分の1の部分も共同で問題を解決していこうという始まりを、ガバナンスの時代と言っている。東京の三鷹では総合計画を市民がつくり、市長が受け取り、議会で審議して決定している。
政策官庁型自治体への脱皮
分権時代にきちっと責任を持って、政治や行政をやれる体制をつくっていくことが必要。事業官庁型自治体から政策官庁型自治体に脱皮をしていくためには、一定の体力規模がいる。職員側からは、専門性がこれから求められる時に、1000人以上の体制でないと、専門職は雇えない。都市計画でも情報処理でも、福祉でも。それがいないと住民が損をする。1000人以上の体制というと、10万人以上の人口であり、この地域でいうと、17万人で1700人体制というのは、相当程度専門性の職員が揃え得る。
明るい合併・暗い合併
自主合併だから、住民の合意が一番必要。合併の見方は、四つの見方があって、一つは合併の進め方で透明性の高い合併か、そうでないか。明るい合併か暗い合併かということ。学術的にもう少し丁寧に言えば透明性があるかどうか。ガラス張りの中で合併論議が進んでいるか、不透明で住民はかやの外か、こういう気分になると、不透明と言わざるを得ない。
もう一つは、合併というのは改革の意思がなければいけない。改革手段と政策手段の二つの構想をしなければいけない。特例措置だけ目一杯受け、職員も水膨れで、仕事の仕方も何の改良もなく合併をしたものは、悪い合併という言い方しかない。これは住民にとって得だということにはならないと思う。
自治体の合併というのは、住民の自治圏のエリアを大きく変えるが、議員は住民投票を嫌う。議会は、民意を鏡のように反映しているかどうか、よく胸に手を当てて考えて欲しい。そうでなければ、諮問型の参考投票型の意向確認を最低すべきだと思う。同時に、エリアの問題についても、政治的ないろんな駆け引きもあるが、相思相愛という言葉もあり、住民がどういうエリアで一つの市になりたいかというのは、参考としてはやはり聞く必要があるのではないか。その辺で透明性は高まると思う。
合併のメリット・デメリット
メリットもデメリットも相対的なもので絶対的なメリットもデメリットもない。例えば議員の数が減って、政治代表度が下がるというのはデメリットだと言ったが、政治に競争が起こり、質の高い議員が選ばれるとなれば、メリットに転ずる可能性がある。あるいは、合併は行革の最大のチャンスと言っても、行革をしなければ、それはデメリットだと言わなければならない。
要はメリットを目指す改革の意思というものが本当にあるかどうか、これが特に合併の推進主体になるリーダーに求められる基本的な役割だろうと思う。
むすびに
最後に、憲政の神様と言われる尾崎行雄は「人生の本舞台は常に将来にあり」と言っている。人生の本舞台、今なすことは常に将来のためになしている、こういう意識で政治をやるべきと言っている。
首長と議員はエリートとしてきちっと決定をする立場にあるから、目先の利益ではなく、少なくとも50年間、いい結論を得たと子孫に思ってもらえるような、大きい気分で、しかも一番、自分たちの実力が発揮できる場面が今来ているということを誇りに思い、合併をいろいろ議論して欲しいと思う。
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